考えるヒロ 名言・ポエム・政治

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オリジナル名言集・格言集1500句+時々ポエム、あと政治社会。

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愛国心は教育によってではなく自然に生じるものだ。

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・初めに

毎日新聞のインターネット記事

 改正法の最大の柱は「教育の目標」に盛り込まれた「愛国心条項」だ。「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うこと」と明記された。

(記事・戦後70年これまで・これから 第7回 教育はどう変わりつつあるか(その1))

にあるように教育基本法教育委員会等の改革案が浮上し日本の教育を変えつつある。

戦後70年続いてきた日本の教育が一時の政治判断とも言うべき一連の流れによって介入を余儀なくされている。

これらを論じるにはやや出遅れた感があるが教育とは、また愛国心とは本来どのようなものであるのかを考えていきたい。

・私の考え

タイトルにもあるように私の考えとしては愛国心とは、言い換えれば国を愛する心と言うのは他人や誰かから愛するように言われて生じるものではないと考えている。

それはあたかも人が人を愛することに似ている。

自分から相手と関わり合い良い所も悪い所も全てを受け止め、受け入れることが愛するということだろう。

それはただ良い面を気に入り好きになることとは違うのだ。

愛国する心は地域や社会との関わり合いの中で、この日本と言う国の歴史、文化、人々等様々なものの良い面悪い面に自らの意志で触れて初めて自然に生じるものと言える。

そして、教育というものは一方的に教えることでも、受け身の姿勢で受けるものでもなく、ましてや誰かの独りよがりな思想を押し付けるものでもない。

教育とは生徒一人一人の本来の才能や自ら学ぶ意欲を引き出すこと、社会や世界に羽ばたいた時に生きていくことの出来る知識・判断力・考える力を養うもので、それらを実現する為に教師や学校、文部科学省、政府に至るまで教育と言う手段を用いて生徒とりわけ子供達を支援・手助けする。それが教育だろう。

しかし、韓国・韓国政府、「愛国心」を評価基準とする公務員法改正案を閣議決定北朝鮮の反米反日教育、中国・中国共産党が「愛国教育」強化を決定 教室の授業だけなく、SNS、スポーツイベント、観光などを総動員、ロシア・露 向こう5年間の愛国主義教育計画を批准と言った国々のように自国の良い面ばかりをことさらに強調し、一方的に独りよがりな考えを教え込み、その彼らの言う「愛国心」とやらを植え付けている。

このような教育というよりは洗脳という言い方が相応しい。

昔の人は「愛は人を盲目にする。」といったことを言っていたがこの場合は悪い意味でそのような状態になってしまい、物事の正常な判断ができなくなっていると言える。

正しい事実としての歴史を知ることが出来なければ、私達日本人を含めた人類は未来を正しく歩めないだろう。

今回の日本の改革では良い面も悪い面も掲載するとは言え、不偏不党で歴史や物事を考え判断する力を養う為歴史教科書記述の公平性を確保するならまだしも、国が率先して教育改革を行うとの名目で愛国心を養うなどと言うのは一種の傲慢さの現れであり、愛国の何たるかを全く理解していないする気すらないと感じる。

真の愛国とは自らの国の良いも悪いも知ったうえでそれでもなお生じる主体的なもので、教え込まれる受動的なものではない。

とは言え、悪い面というのは良い面があるから、それが優っているから、多少悪くても我慢できると言うものであることもまた確かなことだと思う。

そう考えると現在の日本は多くの人の給料が大して増えないというのに消費税増税され、以前の小泉政権下で行われた派遣法改正により大勢の派遣・パート・アルバイト等の非正規雇用の労働者が生み出され日々苦しい生活を強いられている。

さらに、ほとんどの日本人が恐らくあまり触れたがらない日本の暗部とも言える年間自殺者数は、

およそ3万人から2万5千人ほどまで減少したが、そもそも他国と比べると紛争や戦争と無縁に近い日本でそれらが起きもしないのに毎年何万人も、

失われた20年で約50万人もの一般市民の人々(人数の問題ではないが比較すると中国が何かと主張している南京大虐殺の彼らが言う死傷数でさえ30万。日本学者の主張は4万から20万人となっている。)がこの世から去る選択を迫られたということは恐るべき事実で、

こういった状況を考えるとなかなか堂々とこの国を愛している。愛国しているとは言い難いだろう。(参考・警察庁発表 自殺者数の統計 全文検索検索 コトバンク> ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典> 南京大虐殺とは

だとしたら、政府与党・安倍総理は国の愛国教育などと言い始める前に、これらの山積した日本の課題や諸問題を解決することが先決ではないか?

完全に物事の順序を間違えている。誤認していると言えるのではないだろうか?国会ではアベノミクスだのマイナス金利だの、甘利大臣の口利きが~、議員の不倫が~等と重要政策から市民からしたらどうでもいい話まで論じられてはいるものの、

重要度の高い上記問題や日本の借金、財政健全化、これからの日本と言う国をどうするのか、どこへ向かわせるのかと言う議題にもっと時間を割くべきではないか。

それらの不祥事を不問にせよとは言わないが、テレビ見た時、税金を使って不祥事の追求ばかりやられては国会議員は要らないと存在意義を疑問視されても仕方がないだろう。

(このいわゆる代議制民主主義と言われている日本の政治の仕組みに代わる。新しい民主主義的な政治制度を考えてみたので気になる人は

t-h.hatenablog.com

を参照して読んでもらえればと思う。)

・最後に

愛国心も度が過ぎると自分の国が一番で、他の国々は自分達よりも下だと考える恐れがあるのは否めない。

グローバル化、異文化理解が叫ばれている現代の中で自国の人間だけでなく、他の国から観光やビジネスで来た人々と交流する機会は、

東京オリンピックも控えていることからますますこれから増えていくことは明白だと言うのに、

相手や彼らの国のことを理解しその人に対して敬意を払って接しられなければ、本当の意味で今の時代生き残ることは困難となるのみならず、

社会の一員の日本人としての存在感も発揮できなくなるだろう。

当たり前のことだが愛国心はあり過ぎても、なさ過ぎても良い状態とは言えない。

そのバランス感覚こそが重要で、それを持った人こそが真の意味で、愛国心のある愛国者、異文化理解の出来る国際的日本人と言えるのではないか。

国に対する愛も、人に対する愛も、どちらも強く想う気持ちがあり、一方は重厚な歴史、もう一方は光りに満ちた人生と言う形に結実している。

それらがある限り、不変である限り、歴史は綴られ、人生は輝き、光を放ち続けるだろう。