政治社会ログ

政治社会ログ

独自の観点で政治・社会等に関する記事を公開しています。

人工知能によって雇用は失われない説が無責任な理由

OECD Forum 2016: Session:  The Digital.Economy & the Future of Work

 

人工知能によって雇用は失われないとの言説が散見されるが、
本当に失われなかった場合はともかく、本当に失われなわれてしまった場合はどうするのか?
失われるという前提なら、ある程度それに対する対策や心の準備が出来るが、
失われないと信じきって全く何もしていなかった人はどうすればいいのか、その人達は救済されるのか?
未来のある日突然「貴方をもうすぐ解雇しますので」と言うようなことを言われるか通知されたら、その人は一体どうすればいいのだろうか。
恐らく、突然の事に何故こうなったのか分からず、その時目の前が真っ白になる人もいるだろう。
仮に失われると言ってそうならなければ、「なぁんだ。失われなかった。良かった〜。」で済むが、
もしそうなった場合は「あの時、対策なり心構えをちゃんとしていたなら…。どうしよう。」となる。
つまり、その人達は「無い説」を真に受けなければ何らかの行動を取ることにより、そのAIショックをまともに、直撃を受けずに済んだ可能性が高くなっていただろう。

起こるという予測に基づいて、それに対する対策を立てる。
それはあたかも災害対策に似ている。
未来においてどのような災害が訪れるか分からないが、
将来いつか訪れるであろう地震津波、噴火に備えることに似ている。
確かに、それらの現象はいつか起こるのは予測され得るもので、確実に私達の実生活への悪影響が予見されるが、
人工知能の場合は起こるにしてもそれが私達へ悪影響を及ぼすのか、それとも好影響を及ぼすのか未だ判然としないという面では異なる。

とは言え、どちらも社会に与える影響では同等であるし、人工知能に悪影響を及ぼす可能性が排除できない限り、
また、災害について「地震津波、噴火は起きない。」と言うような言説があまり見られない、歓迎されない、そして対策面から好ましくないように、
人工知能について「雇用は減らない、無くならない。」と言うような言説も本来上記複数の理由から歓迎されるべきではない、好ましくはないだろう。
ベーシックインカムやロボット課税等)何らかの対策、予防策が考案・なされるべきだと言える。

ある意味の危機とも言える状況が迫っている中、安心安全と言われて油断しきった時にAIショックが起きたら、その人達が受ける衝撃は計り知れない。
それが実際に起きた例は、絶対安心安全と言われた原発が事故を起こし、その安全神話が崩れ去ったことが思い起こされる
種類は違えどその心理、構図はどこか似ている。

最後に、先の記事にも書いたことだが誰かが言っていた「未来は予測出来ないが、未来を創ることは出来る。」という言葉のように、
予測出来ないのでどちらになっても良いように対策を考え、その対策を元に人々にとってより良い明日と未来を創れるように、今現在から取り組むべきだと考える
まとめると、難しい事だが正しくは「雇用が無くなっても、無くならなくても、どちらになっても良いように備える。」事だと言える。
決して雇用が無くなるだとか、無くならないというのような単純なこと・図式ではないだろう。

人工知能で雇用減少し経済成長が一時的な理由。IT化・雇用・消費

Pepper

 

井上氏の「人工知能と経済の未来‐2030年雇用大崩壊」が話題になっている。プレジデント社にも記事として

『人工知能と経済の未来――2030年雇用大崩壊』井上智洋著 | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online

が掲載されている。

まず、記事中にもあるように2030年ないしそれ以降にいずれ汎用AIが登場するとして、2045年ぐらいには雇用が1割程となるとの予測がされているが、
ネットを見ているとそれに対する反論があり、AIが登場してもコンピューターの時のように、新たな職業・職種の登場によってそのようにはならないと言うもので、一見すると正しいようにも思える。

しかし、現実としてIT化が進んでGoogle(Alphabet)、FacebookTwitter等が登場しても、自動車等の製造業が生み出す雇用と比べそれらIT企業の生み出す雇用は遥かに少ない。
事実、上記企業順に世界で2016年度、約72,000人、17,048人、3,860人、と言った具合でトヨタ自動車2014年の連結338,875人、アメリカの自動車GM2016年の215,000人等と比べてもあまり多くは無い。
つまりこの事から、IT化が進めば確かに新たな職業が生まれ新たな雇用も生まれるが、その労働者の椅子の数は、つまり雇用は少ないものとなると言えるのではないだろうか?

また、AIにより経済成長したとしても何も対策を講じなければ、一時的なものとなるだろう。
何故なら、AIが主力となり多くの労働者がお役御免となって職と収入を失うと、いずれ何も買えない状態となり購買力が低下、即ち消費者を失う事にもなるからだ。
中間層以下の購買力が崩壊し物・サービスが売れなけば消費者市場も崩壊する。それが意味する所は最悪の場合経済の崩壊だろう。
唯一、購買力のある富裕層向けのビジネスしか存続し得ないだろうが、それも彼らが投資し続けられればの話だ。
分かりやすく時系列にすると、雇用市場崩壊→消費市場崩壊→金融市場崩壊となるだろう。

それを防ぐ為のベーシックインカムが検討されている訳だが、各種社会保険制度改革や所得税増税が挙げられているものの、財源としては今ひとつかも知れない。
なので私としては、それらに加えてマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏の言うように、ロボットに課税すべきだと考える。
これにも労働者の生産には課税しないのだからと一部研究者は反対しているようだが、私的にはロボットを動的な「資産」と考えれば十分に課税対象となり得ると思う。

以上長々と述べさせて頂いたが、AIがレンブラント風の絵を描き、小説を書き始め、作曲まで始めている現代を一体誰が予測出来ただろうか。「未来は予測出来ないが、作ることは出来る。」と言う言葉を誰かが言っていたのを思い出した。未来を創るのはあくまでも人間自身、それを忘れてはならない。

最後に、未来は古代ギリシアの奴隷と自由市民に近い、ロボットと人間となるのだろうか?もしそうならば、人間は何をすべきなのか。昔のように哲学や議論でもするのだろうか。唯一言える事は自分と向き合い、どう生きるか考える事になるだろうと言う事だけだ。「私達は極めて困難かつ刺激的な時代を生きている。」そう実感せざるを得ない。

・ 紙の書籍

 ・電子書籍

 こちらの記事もどうぞ。

t-h.hatenablog.com

はてなの注目記事になる基準を考えた&私がはてなスターを表示させる3つの理由

 

Star

はてなブログに戻ってきて数日が経過しそろそろ慣れてきたので、もう気付いている人もいるかもしれないが、ブログトップページをアーカイブ表示にして、ソーシャルサービスのシェアボタンを変えてみた。

それに加え、アクセスが増えるまでは自分の広告は外して無料版で続け、増えた時は元のはてなによる広告を外して自分のを貼り付けようと思う。(無料版ははてなの広告が表示される。)

その一環ではてなスターを表示していると、ページ表示速度が遅くなるだとか、サイト順位に影響するだとか言う記事を見つけたので、このブログでも少しの期間だけだがはてなスターを非表示にしていた。

ところが、そのあとではてなのトップページを見てその考えが変わってしまった。とあることを発見&気づいてしまったのだ。

それは知っている人は知っていることかも知れないが、はてなのトップ画面にある他のブログサービス・サイト等でも表示されるはてなブックマーク下にあるはてなブログの欄を見てみると、

たくさんはてなブックマークされて、注目記事としてはてなトップに表示されているブログ記事が載っているのはともかく、なんと1~5しかブックマークされていないブログ記事でもそこに載っていたのだ。

f:id:Planetalian:20170117183623p:plain

これは何か裏があるのでは?と思ったのでそれぞれのサイトにアクセスして調べてみたところ、その少ないはてブ数の記事のはてなスター数が極めて多い(20~30以上、多いと90以上。)ことに気付いた。

もしかすると、はてなの運営ははてなブックマークで注目されること以外の、つまりはてなスターの数でもその記事の人気や注目度をはてなが調べているor計っているのかもしれない。

今述べたことはあくまでもはてなブログに限ったことで仮説・推測の域を出ないが、しかし、確かにそう思ってしまうような現象が上記画像のように実際に起きている。

また、はてながはてなブロガーの記事を注目記事にする判断基準として、サイトや記事のアクセス数も判断材料になっている可能性もあるかもしれない。

 はてなトップに載る仮説パターンをまとめると

1.たくさんのはてなブックマークが付いた場合。(はてなブックマーク・ブログ)

2.たくさんのはてなスターが付いた場合。(はてなブログ)

3.一定数以上?のはてなブログの読者数。

4.アクセス数。

5.記事の質、面白さ。

といった具合に分けられる。

 

もしこれらのことが本当で判断基準の一つなら、はてなスターも表示させた方が注目記事となる可能性が増し、アクセス数もアップするのかも知れない。

とは言え、私ははてなやはてなブログの中の人でもその道の専門家でもないただのはてなユーザー・ブロガーなので、ただの推測と言われればそれまでだが、

はてなスターがこれらのような役割と意味合いを持っているかもしれない可能性がある以上、私は載せておこうと思う。後は個人の判断ではてなスターを表示させた方が良いのかどうか判断すればいいだろう。 

・はてなスターを表示させる意味があると思う理由のまとめ

1.はてなスターがはてなブログ注目記事の判断材料の一つである可能性がある。

2.はてなスターが押されると記事を書くモチベーションが上がる。しかもそれがレアだと嬉しい。

3.はてなスターから交流の輪が広がるかもしれない。

私が結局はてなブログに戻ってきた3つの理由と良い所・悪い所&運営への要望。

Hatena


多分私がブログらしきものを始めてからはや5年以上の月日が過ぎた。

始まりは確か無料ブログであるFC2ブログや無料のレンタルサーバーでのWordPress等から初めて、しばらくしてから評判の良いはてなブログを使いだし、

その後Googleのblogspotに切り替えたものの、またはてなブログに戻ってそのまま使い続けるのかと思いきや、

今度はエックスサーバーのWordPressに移動するという節操のなさを見せ、やっと落ち着いたのかと思わせておいて、挙句の果てにまたもやこのはてなブログに見事に舞い戻ってきてしまった。

時系列でまとめると、FC2ブログ無料鯖のWP→はてなブログ→Blogspot→はてなブログ→エックスサーバーWP→はてなブログといった具合である。

こうしてみると良く飽きもせず&移転の労苦を惜しまず、様々なサービスを変えたものだと思った。まるで渡り鳥である。

しかし、他のサービスは一度しか利用していないが、はてなブログに関しては今回で三度目となり、なんだかんだではてなブログを一番気に入っているのかもしれない。

という訳で、前置きはこれくらいにしておいて本題の私がはてなブログに結局戻ってきた理由と他と比較して良いところ良い所、悪い所を書いていきたいと思う。

まず、何故はてなブログに今更舞い戻って来たのかという謎だが、ズバリその最大の原因は、記事数が代わり映えしないのに他サービスでのサイトアクセスが、はてなブログでの最大アクセス(と言っても一日100~120程度。)を越すことが出来なかったことが一つ。

二つ目は、WordPressに関して言えばプラグインなどで自由に色々と設定できるが、メンテナンスが面倒で手間がかかるということ。他の人も書いていることだが、それによって記事を書くことにあまり集中できなかったこと。

三つ目は、はてなブログだと機能面で記事作成時に過去記事やAmazonYouTubeなど色々と貼り付けやすいのと、はてなスターがあるので押されると気に入られたのが分かる&やる気が出て記事を書くモチベーションが上がること。はてなブックマークがつきやすいからということ。(勿論、WordPressにもプラグインで設置はできる。)

他にもいくつか理由(年間のサーバー代とはてなブログのProの料金の違い。年間契約だとはてなが安いこと。)はあるが理由をあげるとこんな感じになる。

 

次は、はてなブログの良い所と悪い所を考えてみようと思う。

はてなブログの良い所

1.よく言われていることだがアクセスが集まりやすい。(私の場合はそうだった。)

 

2.はてなの運営が管理してくれるので、記事執筆に集中できる。

 

3.あまりカスタマイズの必要がなくすぐにブログが書ける。なので初心者に優しい。

 

4.色々と過去記事やYouTubeなどを挿入出来る機能が元からある。

 

5.はてなスターはてなブックマークが付くとやる気が出て記事を書くモチベーションが上がる。

 

6.はてなのサービスなのではてなブックマークが付きやすい。

 

7.はてなには同じ興味を持った人向けのグループがある。

 

8.書くことが見つからない人でも、お題があるので気軽にブログが書ける。

 

9.程度にもよるが、ブックマークがたくさん付いて注目されるとおすすめ記事やランキング、はてなトップページに載せてくれる。そしてアクセスが増える。

 

10.はてなブログは上記のように高機能で至れり尽くせりなのに基本無料。

 

11.上位のProプランでも年間契約すればサーバー代(私の場合・年間およそ1万2千円~。)より安くてお得。( 1年間だと30%OFFの8,434 円 、2年間だと 40%OFFの14,400 円。※2017年1月14日現在。)

 

12.使ったことはないがはてなのアプリを作ったり、サービスに日々色々と改良を加えてて、なんだか運営のやる気とチャレンジ精神を感じる。

 

13.アフィリエイト広告(グーグル・アマゾンなど)の制限がなくなり、規約違反にならない限り自由に貼れるようになった。

 

はてなブログの悪い所

1.借りていたサーバーと比べると表示速度がやや遅いこと。特に管理画面のデザインを表示する時やプレビュー時。

 

2.カスタマイズの必要性があまり無い反面、完全に自分好みに設定できないこと。

 

3.はてなブックマークを仲間同士でつける人が居そうなこと。

 

4.無料版だと多分PCよりもスマホで広告表示が多いこと。(運営上、経営するにあたって仕方がないことかもしれない。有料版は消せる。)

 

5.記事のコピー禁止設定がなくコピーサイト対策できないこと。

 

6.リンク切れがチェックできないこと。

 

7.アップロードする・した画像を圧縮する機能がないので、その前に自分でしなければならないこと。

 

8.上記の良い所で挙げたアプリの動作が不安定な感じがすること。

 

9.はてなブログスマホモードで記事を書くと、メニューが簡易表示となり太字やカテゴリー設定などができない。

 

10.はてなブログスマホで見ると注目記事はあっても、デフォルト設定でカテゴリー表示がない。

 

こうしてざっと良い所と悪い所を書いてみたが、他にも色々な点があるかも知れないにせよ、良い所が悪い所を上回る結果となった。

はてなの運営に対する改善要望は悪いと思われる所で書いた1.の表示速度と5.コピー対策、6.リンク切れ対策、7.画像圧縮設定、9.スマホモードのメニュー改善を個人的に要望としたいが、

中でも優先順位が高いと思われるのは1.と5ではないだろうか?

1は、はてなユーザーの不満に直結するし、サイト訪問者の満足度にも影響するだろうからと言うこと、

5は、他のブログサービスもそうだが、コピーサイトまたはパクリ記事の出現でユーザーが迷惑し、対応しなければならない場合や先にインデックスされたりしたら、最悪コピーサイトが上位表示される被害も考えられるからだ。

 

以上好き勝手にはてなブログのことを書いたが、私個人としては満足しているし、ユーザー数の多さやその注目度からして他のはてなブロガーも概ね満足していると思う。

はてなの運営には上記の要望を考慮してもらい、できるものから改善してくれれば、今以上により良いブログサービスとなるのではないかと思う。

何はともあれ、もしもはてな運営がこの記事を見ていてくれたなら、是非とも検討し実行に移してほしいと思う。

 

はてな運営さんよろしくお願いします。m(_ _)m

雇用や税収を増やす為定年後の開業・起業支援すべき理由

pexels-photo-41141

・始めに

人は会社等の組織において働いている限り、いつの日か必ず定年退職の日を迎え、一部の例外を除き組織を去らなければならなくなる。

中には以前の給与体系とは異なる(往々にして下がる場合が多いが。)ものの、再雇用という形でそのまましばらく会社に残る人もいる。

だが、そのまま古い古参の労働者が再雇用で会社に残り続ければポストには空きが出るが、本来その再雇用者が再雇用されずに定年で辞めていれば生じたはずの新卒者の仕事・採用数が、場合によっては減少・無くなるだろう。

それにより若年就業者にしわ寄せが行き、就職等に支障をきたす恐れがある。

と言う訳で何故、定年退職者を再雇用するのではなく、自営業や経営者となってもらう方が良いのかを、いくつかの理由とともにこれから詳しく述べていきたいと思う。

・独立や起業する支援をすべき理由

まず、改正高年齢者雇用安定法により3つの措置を企業は行わなければならなくなり、具体的には65歳まで定年の引き上げ、希望者全てに対して65歳まで継続雇用制度導入、定年制廃止のうちどれがを実施する義務がある。

これにより、高年齢者の雇用期間は長くなりその数は61歳から65歳までで、概算かつ推定ではあるが厚生労働省の平成27年上半期雇用動向調査結果・概況全体版をもとに計算すると、

定年による離職者の全体割合が4.8%、全体の離職者数がおよそ399万3千7百人なので、定年による離職者数は年間約19万1697人程。

仮に19万人だとすると、上記の様に61、62、63、64、65歳までの人が一年間会社に残っていれば、日本全体で年間約95万人前後もの高年労働者が以前よりも多く存在していることとなり、

先ほどの厚労省資料で、平成27年に就職した人々のうちの中学義務教育終了から大学・大学院卒までを含めた総数が、およそ105万4800人程なのでそれに近い人数の高年労働者数となっている。

これのみではあまり何とも言えないが一つ言えることがあるとすれば、以前のまま60歳定年制であれば95万人程の高年労働者が定年退職し、その分の埋め合わせとして新卒の若年層が多数就職していたかもしれないということだ。

その正確な数値は把握していないがこの様に考えてみると、景気動向を除き実際に定年延長によって若年層・若者の就職に対し何らかの影響を与えていることは想像に難くない。

これが一つ目の再雇用ではなく、独立・起業を推奨すべき理由だ。

二つ目が税収面でのメリットで、彼ら高年労働者が独立や起業をすることによって、自営業者増による国の所得税収の増加、起業によって株式会社を設立されることによる雇用の増加、ひいては数年後の法人税増加も期待される。

とは言え、全ての人が開業や事業が上手く行く訳ではないし、従業員と経営者では考え方が異なる。それでも素人が行う場合よりも同じ業界に限っては成功率は高まると考える。

なので、ただ単に開業・独立・起業を推奨するのではなく、国としても各種独立・起業講習会や法律・開業等の相談や補助金を強化、定年者向けのビジネスコンテスト等を催す等の施策・優遇策を行う必要があるだろう。

更に、万が一、廃業や会社を畳むことになっても負債減免・希望者には再チャレンジの支援等の救済措置によりリスク軽減が為されるべきだろう。

三つ目の理由としては定年退職し時間に余裕が出来ると、元から趣味を持ち合わせている人はその余暇の時間を有意義に使うことが考えられ、彼ら元気な高齢者の消費によって経済に好影響を与える・与えている(アクティブシニア消費)が、

一方で今まで仕事一辺倒でやってきた人は、退職により時間が増えると仕事人間であるが為に、時間を持て余す・そしてご近所の人間関係もない・下手をすると一日中家に居るだけとなり、今までの仕事で得ていた生きがい等を失いかねない。

なので、それを防止・今まで得てきた経験や人間関係を活かす為に、生きがいを持つ為に、自営業や経営者となり仕事を続けられるようにするべきだろう。これが三つ目の理由だ。

・まとめ

1.高齢労働者が会社に残ると若者の雇用が減少する恐れがある。

2.高齢労働者が自営業や経営者として開業・起業すれば、国の税収が増加・雇用の受け皿も増加する可能性が増す。その為には上記様々な支援が必要。

3.趣味を持たない仕事人間は生きがいを失いかねないので、開業・起業によって彼らの経験・知識・人脈等を活かすべき。

少年法を改正し重犯罪は適用外にすべき理由。

fe6741a0c8b846796ecefd7bf1a715c9_m

・始めに

時代を問わず少年・少女による犯罪は後を絶たない。過去には酒鬼薔薇聖斗事件(神戸連続児童殺傷事件)、近年の例では下記の川崎市中1男子生徒殺害事件が挙げられる。

2015年(平成27年)2月20日に、神奈川県川崎市川崎区港町の多摩川河川敷で13歳の中学1年生の少年Aが殺害された上に遺体を遺棄され、事件から1週間後に少年3名が殺人の疑いで逮捕された少年犯罪。川崎市中1男子生徒殺害事件 - Wikipedia

ここでは詳述しないが、極めて残忍な殺害方法で被害少年が殺害された近年稀に見る凶悪犯罪だ。

・私の考え、廃止すべき理由

この卑劣な犯罪に対しネット界隈のみならず、大衆メディアの一角である週刊誌の週刊新潮も社会的意義等を考慮し実名報道に踏み切ったが、

一方で、日本弁護士連合会はそれに対して遺憾を表明し、更には、

日弁連

「少年B(主犯)の更正と社会復帰を阻害する恐れが大きい」として少年法の意義を強調している。

と述べているが、私に言わせてみればこの日弁連は思考停止している集団である。

或いは、被告を弁護する弁護士という立場上の声明、いわゆるポジショントークをしている

何故なら、軽犯罪とは訳が違う人の皮を被った悪魔のような者による残忍無慈悲かつ冷酷無比な重犯罪であると言うのに、

そして、加害少年達が被害少年の「基本的人権」を侵害して蹂躙(じゅうりん)しているにも関わらず、

加害少年達の人権を擁護しようと試みている。つまり、憲法上被告にも基本的人権はあるとはいえ、

他人の人権を無視する無法者には自分の人権を主張する資格も権利も無いのにそれを認め、

被害少年の人権をないがしろにしているからだ。更に言えば、被告が更生したところで被害少年の生命、

言い換えれば人生は二度と帰ってこない。彼は永久に「社会復帰」など出来ないのだ。

被害少年は永遠に墓の中で沈黙をするのみ。それに比べて被告は数年~十年程で釈放され人生を再スタート出来る。

これではあまりにもフェアでない。公平とは言えない。不公平と言えるのではないか?

これは正義ではない。繰り返すが、正義が成されてはいない。

仮にも正義を体現するはずの法や、その法を司る裁判所、法学を修了した弁護士そして連盟、においてすら正義が常に存在しているとは言えない。

よってたかって、死者であるかつて存在した被害少年の「命」のみならず、「人権・尊厳」までも踏み躙っている。

自分達の正義を盲信している分、死者を悪く言う者達よりもたちが悪い。

彼ら擁護者は少年法と言う免罪符を今尚かざし続けているのだ。

昔は免罪符を買えば罪が許されたが、今は少年・少女であれば重罪・大罪が軽減され、許される。成人であれば服役・死刑となってもおかしくない罪でさえ。果たしてこのようなことが現代に於いても許されるとでも言うのだろうか?

更に言えば、万一、凶悪犯が更生して社会復帰したとしても社会的に余り益にはならない。

よほどの理由がない限り、ごく一部の支援者を除いた一般市民ならそのほとんどが元凶悪犯とは一緒に居たくないので、むしろその扱いに困るだろう。絶対に再犯しないとも限らない。

そもそも他人の命と人生を正当な理由も無く亡きものにしておきながら、

平然と生き続けるのは被害少年とその家族、人間の生命そのものに対する侮辱だ。

それ故、現行法に手を加え18歳選挙権に合わせて18歳未満に改正し、凶悪な重犯罪は適用外とすべきである。

・最後に

少年法は免罪符ではない。かつての免罪符のように罪が許されるということがあってはならない。

少年・少女であれば重犯罪が無条件に許される・減刑されることがあってはならない。

たとえ子供であろうとも社会即ち共同体の構成員であるのだから、自我を持つ者はそれ相応の責任を果たさなければならない。

幼いからと言って全く責任が無い、責任を問われないというものではない。

そもそも子供のうちから言い悪いの区別を付けさせなくては、大人になってもその区別が付かず犯行に及ぶこととなる。

共同体の責任を損なわない範囲で人は自由なのである。

それも分からずに故意によって凶行に及ぶ者は何人・何歳であれ処罰されて然るべきだろう。

・まとめ

1.今も昔も少年・少女による凶悪犯罪が無くならない。

2.他人の人権を正当な理由も無く侵害する者には人権を主張する資格はない。

3.被告が社会復帰したところで被害少年は永遠に帰らず、社会復帰出来ない。不公平である。

4.仮に被告が更生したとしても、ほとんどが関わりたくないのでその扱いに困る。

5.更生しても再犯し重大な事件を起こす恐れがある。

6.少年法悪用し(つまり逆手に取って)凶行に及ぶ者が出る。

7.凶悪犯罪は減刑されず成人と同じ現行法を適用され、厳しく罰せられることを学校で知れば犯罪をためらうようになる。

上記これらの理由によって、少年法を改正し凶悪な重犯罪は適用外とすべきであると考える。

愛国心は教育によってではなく自然に生じるものだ。

5020082786_c1aa6cc68c_b

Some rights reserved by naosuke ii

・初めに

毎日新聞のインターネット記事

 改正法の最大の柱は「教育の目標」に盛り込まれた「愛国心条項」だ。「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うこと」と明記された。

(記事・戦後70年これまで・これから 第7回 教育はどう変わりつつあるか(その1))

にあるように教育基本法教育委員会等の改革案が浮上し日本の教育を変えつつある。

戦後70年続いてきた日本の教育が一時の政治判断とも言うべき一連の流れによって介入を余儀なくされている。

これらを論じるにはやや出遅れた感があるが教育とは、また愛国心とは本来どのようなものであるのかを考えていきたい。

・私の考え

タイトルにもあるように私の考えとしては愛国心とは、言い換えれば国を愛する心と言うのは他人や誰かから愛するように言われて生じるものではないと考えている。

それはあたかも人が人を愛することに似ている。

自分から相手と関わり合い良い所も悪い所も全てを受け止め、受け入れることが愛するということだろう。

それはただ良い面を気に入り好きになることとは違うのだ。

愛国する心は地域や社会との関わり合いの中で、この日本と言う国の歴史、文化、人々等様々なものの良い面悪い面に自らの意志で触れて初めて自然に生じるものと言える。

そして、教育というものは一方的に教えることでも、受け身の姿勢で受けるものでもなく、ましてや誰かの独りよがりな思想を押し付けるものでもない。

教育とは生徒一人一人の本来の才能や自ら学ぶ意欲を引き出すこと、社会や世界に羽ばたいた時に生きていくことの出来る知識・判断力・考える力を養うもので、それらを実現する為に教師や学校、文部科学省、政府に至るまで教育と言う手段を用いて生徒とりわけ子供達を支援・手助けする。それが教育だろう。

しかし、韓国・韓国政府、「愛国心」を評価基準とする公務員法改正案を閣議決定北朝鮮の反米反日教育、中国・中国共産党が「愛国教育」強化を決定 教室の授業だけなく、SNS、スポーツイベント、観光などを総動員、ロシア・露 向こう5年間の愛国主義教育計画を批准と言った国々のように自国の良い面ばかりをことさらに強調し、一方的に独りよがりな考えを教え込み、その彼らの言う「愛国心」とやらを植え付けている。

このような教育というよりは洗脳という言い方が相応しい。

昔の人は「愛は人を盲目にする。」といったことを言っていたがこの場合は悪い意味でそのような状態になってしまい、物事の正常な判断ができなくなっていると言える。

正しい事実としての歴史を知ることが出来なければ、私達日本人を含めた人類は未来を正しく歩めないだろう。

今回の日本の改革では良い面も悪い面も掲載するとは言え、不偏不党で歴史や物事を考え判断する力を養う為歴史教科書記述の公平性を確保するならまだしも、国が率先して教育改革を行うとの名目で愛国心を養うなどと言うのは一種の傲慢さの現れであり、愛国の何たるかを全く理解していないする気すらないと感じる。

真の愛国とは自らの国の良いも悪いも知ったうえでそれでもなお生じる主体的なもので、教え込まれる受動的なものではない。

とは言え、悪い面というのは良い面があるから、それが優っているから、多少悪くても我慢できると言うものであることもまた確かなことだと思う。

そう考えると現在の日本は多くの人の給料が大して増えないというのに消費税増税され、以前の小泉政権下で行われた派遣法改正により大勢の派遣・パート・アルバイト等の非正規雇用の労働者が生み出され日々苦しい生活を強いられている。

さらに、ほとんどの日本人が恐らくあまり触れたがらない日本の暗部とも言える年間自殺者数は、

およそ3万人から2万5千人ほどまで減少したが、そもそも他国と比べると紛争や戦争と無縁に近い日本でそれらが起きもしないのに毎年何万人も、

失われた20年で約50万人もの一般市民の人々(人数の問題ではないが比較すると中国が何かと主張している南京大虐殺の彼らが言う死傷数でさえ30万。日本学者の主張は4万から20万人となっている。)がこの世から去る選択を迫られたということは恐るべき事実で、

こういった状況を考えるとなかなか堂々とこの国を愛している。愛国しているとは言い難いだろう。(参考・警察庁発表 自殺者数の統計 全文検索検索 コトバンク> ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典> 南京大虐殺とは

だとしたら、政府与党・安倍総理は国の愛国教育などと言い始める前に、これらの山積した日本の課題や諸問題を解決することが先決ではないか?

完全に物事の順序を間違えている。誤認していると言えるのではないだろうか?国会ではアベノミクスだのマイナス金利だの、甘利大臣の口利きが~、議員の不倫が~等と重要政策から市民からしたらどうでもいい話まで論じられてはいるものの、

重要度の高い上記問題や日本の借金、財政健全化、これからの日本と言う国をどうするのか、どこへ向かわせるのかと言う議題にもっと時間を割くべきではないか。

それらの不祥事を不問にせよとは言わないが、テレビ見た時、税金を使って不祥事の追求ばかりやられては国会議員は要らないと存在意義を疑問視されても仕方がないだろう。

(このいわゆる代議制民主主義と言われている日本の政治の仕組みに代わる。新しい民主主義的な政治制度を考えてみたので気になる人は

t-h.hatenablog.com

を参照して読んでもらえればと思う。)

・最後に

愛国心も度が過ぎると自分の国が一番で、他の国々は自分達よりも下だと考える恐れがあるのは否めない。

グローバル化、異文化理解が叫ばれている現代の中で自国の人間だけでなく、他の国から観光やビジネスで来た人々と交流する機会は、

東京オリンピックも控えていることからますますこれから増えていくことは明白だと言うのに、

相手や彼らの国のことを理解しその人に対して敬意を払って接しられなければ、本当の意味で今の時代生き残ることは困難となるのみならず、

社会の一員の日本人としての存在感も発揮できなくなるだろう。

当たり前のことだが愛国心はあり過ぎても、なさ過ぎても良い状態とは言えない。

そのバランス感覚こそが重要で、それを持った人こそが真の意味で、愛国心のある愛国者、異文化理解の出来る国際的日本人と言えるのではないか。

国に対する愛も、人に対する愛も、どちらも強く想う気持ちがあり、一方は重厚な歴史、もう一方は光りに満ちた人生と言う形に結実している。

それらがある限り、不変である限り、歴史は綴られ、人生は輝き、光を放ち続けるだろう。